古代インドのコイン(改訂版)


  世界の4大文明の地で、文明の当事者がコインを発行したのは、黄河文明だけです。
  インダス文明の担い手は、現在でも解読されていない文字のついた印章を発明していますが、彼らの文明は他の民族によって消滅させられ、コインを発行することはなかったようです。

紀元前7〜5世紀の
インド

  ブッダ(釈迦、ゴウタマ・シッダルタ)が活躍したのは紀元前6〜5世紀のことです。
  インドに貨幣が発生したのもこの頃とされています。 (ただし、確証はありません。)
  当時インドには、ガンジス河流域を中心に「十六王国」と呼ばれた国々がありました。 国によって貨幣の発生時期や形態は様々でしたが、多くの貨幣は、銀の板に複数の刻印を打ったものでした。「打刻印銀貨(パンチマークコイン)」と呼ばれています。
  インドは現在では「東洋」に属しますが、古代コインに関する限りヘレニズム文明を受け継いだ「西洋」に属します。


ガンダーラ国の銀貨
紀元前6〜4世紀
11×36mm 11.5g
 ● ガンダーラ国
  ガンダーラはインダス川上流の国です。 銀の棒を決められた重さに切断し、王国のマークを刻印しています。 銀がまだ熱いうちに木の棒に絡めるようにして製造したため、大きく湾曲しています。 ベンドバーと呼ばれます。
  重さはバビロニアのシェケル(11グラム)に等しい「サタマナ」という単位です。 西方との交易にも使われたのでしょう。


コーサラ国の銀貨
紀元前5〜4世紀
21〜23mm 4.5g
 ● コーサラ国
  コーサラ国は、ガンジス河北岸にあった大国です。
  コインはフラットになり、たくさんの刻印が打ち付けられています。 コーサラ国のシンボルマークがあります。
  裏面にも小さな刻印がありますが、これは商人がつけたものだと推定されています。

「手塚治虫のブッダ−赤い砂漠よ!美しく」

上のコーサラ国のシンボルマークが
この映画の中で使われています。


マガダ国の銀貨
紀元前5〜4世紀
21〜25mm 3.2g
 ● マガダ国
  マガダ国はガンジス河南岸の大国で、コーサラ国と争っていました。
  幾何模様の刻印がたくさん打ち付けられています。


マウリア朝の銀貨
紀元前3〜2世紀
19〜20mm 3.5g
マウリア朝の銀貨
紀元前3〜2世紀
11〜22mm 3.3g
 ● マウリア朝
  マガダ国の武将チャンドラグプタが、マガダ国を倒し、さらに北インドを統一しマウリア王朝を建てました。 紀元前317年のことです。
  マウリア王朝のコインは、重さ3.5グラムの「カルシャパナ」という単位に統一されています。
  刻印は王朝のシンボルマークの他、幾何模様や太陽、動物の絵などがあります。 犬、象、牛、などなど愉快な絵です。
  マウリア王朝では、官吏の給料や、税金、罰金などでこの銀貨が使われていました。 ( 詳しくは、 「カウティリヤの『実利論』」をご覧ください。 )

● バクトリア王朝
  バクトリアは、アレクサンドロス大王が残していったギリシャ人の国家です。 中国には「大夏」として紹介されました。
アポロドトス1世の銅貨 BC160-150

表:こぶ牛
裏:トリポッド
インダス文明の印章と非常に似かよったデザインです。
2.1g 13.3×14.0mm
メナンドロス王の銀貨 BC160-145

表:槍を構える王様の像。BAΣIEΛΩΣ ΣΩTHPOΣ MENANΔPOY(救世者メナンドロスの)
裏:左手に盾、右手に金剛杵を持つパラス・アテナ女神像。周りのカロシュティー文字は表と同じ意味。
この王のころが最盛期で、仏教の経典ではでミリンダ王として知られています。
この王の死後、バクトリアは衰え、月氏に追われて南下したスキタイ人に占領され、ギリシャ人の王たちは南に逃れました。
2.4g 16.1mm
  支配者の言語(ギリシャ文字)と、被支配者の言語(カロシュティー文字)が併記された、バイリンガルコインです。

● サカ王朝
  スキタイ人は、紀元前6〜5世紀にはカスピ海の北にいた民族ですが、どんどん南下し、紀元前1世紀にはギリシャ人勢力を倒して、インダス川流域を支配しました。
アゼス1世のドラクマ劣位銀貨 BC57-35

表:長槍を持つ王の騎馬像
裏:ゼウス神像
1.4g 16.0mm
アゼス2世のテトラドラクマ劣位銀貨 BC35-AD10

表:鞭を持つ王の騎馬像 周りにBAΣIΛEΩΣ BAΣIΛEΩN MEΓAAOY AZOY(諸王の王、偉大なるアゼスの)。
裏:アテナ女神像(ゼウス?)。周りのカロシュティー文字の意味は表と同じ。
いかにも騎馬民族の王様というデザインです。
7.4g 24.3mm
  アゼス2世は、キリストを探していた東方三博士のひとりという伝説があります。

● クシャーナ朝
  中国西北辺境にいた月氏民族が匈奴に追われ、紀元前2世紀バクトリアを追い出し、「大月氏王国」を建設しました。
  このうちの1部族がクシャーナ族で、紀元後1世紀ころ強大になりました。 中国には「貴霜」として紹介された国です。
無名王の銅貨 1世紀

表:小槍を持つ国王。放射状頭光。
裏:象使いの突棒をかかげる国王騎馬像。周囲に”諸王の王”を意味する「BACIΛEVC BACIΛEWN」。
ヴィマ・タクトゥ王ともともいわれる王ですが、謎の王です。
7.5g 23.0mm
カニシカ王の銅貨 AD130-158

表:左手に三叉の戟をもち、右手を拝火壇にかざす国王像。 PAO KANHPKI(カニシカ王の)。 中央アジア風の長いコートが特徴的です。
裏:ナナ女神。NANA(ナナ)。
カニシカ王の時代ローマとの交易が盛んで、絹などと交換に得たローマの金貨を自国の金貨に改鋳しました。
またこの王のころから、コインの裏面のカロシュティー文字がなくなりました。
4.3g 18.0mm
  諸王の王を意味する”バシレウス・バシレオン”が紀元前では「BAΣIΛEΩΣ BAΣIΛEΩN」とギリシャ文字書かれていましたが、紀元後のクシャン朝では「BACIΛEVC BACIΛEWN」とローマ文字に近くなっています。 ギリシャ文化を離れ、交易相手のローマ文化により接近したということでしょう。
参考文献:
   平野伸二、「古代インドの打刻印貨幣と土着の貨幣−ブッダの時代から3世紀頃まで−」、『収集』2003年3月号
   P.L.グプタ、「インド貨幣史」、刀水書房、2001
   「シルクロードのコイン」、古代オリエント博物館・岡山市立オリエント博物館、1979
     (「古代オリエント博物館開館一周年記念特別展」のパンフレット)  ・・ 非常に参考になります
   山崎元一、「世界の歴史5−古代インドの文明と社会」、中央公論社、1997

2002.9.23  「古代インドのコイン」
2006.7.12  「ブッダの時代」
2016.11.23 「古代インドのコイン」と「ブッダの時代」を合併