胡椒の値段

ローマ帝国の銀貨    黒胡椒    オスマントルコの金貨
古代・中世のヨーロッパで、胡椒は貴重で、同じ重さの金や銀と取引されていた、との話があります。
■インドへの航路が見つかるまでは、ヨーロッパでは非常に重宝されていた。取引には、金と胡椒が同重量で交換された時代もあった。 − Wikipedia
■古代ローマ帝国の時代、産地インドから、海路と陸路を二年がかりでヨーロッパに運ばれ、こしょう粒の末端価格は同じ目方の銀と同じ価格であったといわれる。 − 小学館『日本大百科全書』

ほんとうかどうか、具体的な数字を出している資料を調べてみました。

● ローマ帝国 
まず最初の手がかりは、ローマ時代の『プリニウスの博物誌』です。
■ナガコショウは1ポンドが15デナリウス、白コショウは7デナリウス、黒コショウは4デナリウスで売られている。コショウの使用がこんなに流行するようになったのは異常である。ある品物についてはその甘い味がひとつの魅力であり、他のものについてはその外観がそうであるのに、コショウはその実にも漿果にも取柄がないのだから。それのよろこばしいただひとつの性質といえばそれがぴりっとすることであり、それを入手しようとしてわれわれははるばるインドまででかけて行くのだ。・・・それらの国々では野生している。それなのにそれらは金や銀のように目方で買われているのだ
1〜2世紀ローマ帝国のデナリウス銀貨
18.2mm 3.3g
ここでは、紀元77年のローマ帝国では、
   黒胡椒 1ポンドあたり4デナリウス
   白胡椒 1ポンドあたり7デナリウス
   長胡椒 1ポンドあたり15デナリウス
だったと書かれています。 1ポンドは320g、1デナリウスは84分の1ポンドの銀貨、金はこの12.5倍の価値でしたので、
   金1g=黒胡椒262g、白胡椒150g、長胡椒70g
   銀1g=黒胡椒21g、白胡椒12g、長胡椒5.6g
となります。
当時の農場労働者の1日の賃金はおよそ1デナリウス。 1日の賃金で黒胡椒80gが買えました。 それほど極端に高価ではなかったようです。
【出典】中野定雄ほか訳、『プリニウスの博物誌』、雄山閣出版、昭和61

● 中世フランス 
13世紀フランスのドゥニエ銀貨
19.0mm 0.9g

1250年ころのフランス・トロワでは、
   胡椒 1オンス(30g)あたり4ドゥニエで、砂糖はこれより少し高い
   塩 5ポンド(2.3Kg)あたり2ドゥニエ
でした。 塩は安価ですが、胡椒や砂糖は高価でした。
1ドゥニエは1.3gの銀貨、金は銀の12.5倍の価値でしたので、
   金1g=胡椒72g、銀1g=胡椒6g
になります。
【出典】ギース著、青島淑子訳、『中世ヨーロッパ都市の生活』、講談社学術文庫

南インドのファナム金貨
19世紀のもの 0.4g
● 中世南インド 
15世紀前半、明の永楽帝によって南方諸国に派遣された鄭和の艦隊の記録によると、南インドのコーチンでは、
   胡椒400斤が、金1両(ファナム金貨90〜100枚)、または銀5両
で売買されていました。
ファナム金貨は、1枚0.4gくらいの小さな金貨です。 また、1斤(約600g)=16両です。
これらから計算すると、金1g=胡椒6400g、銀1g=胡椒1280gになります。
さすが産地では安価です。
【出典】小川博編、『中国人の南方見聞録−瀛涯勝覧(えいがいしょうらん)』、吉川弘文館、1998

● イスラム経由と喜望峰経由
16世紀オスマントルコのディーナール金貨
19.5mm 3.4g

16世紀初め、イスラム経由で輸入していた胡椒が、喜望峰経由で運ばれれ来るようになりました。
   産地のインド価格 1キンタール(45Kg)あたり3ディーナール
   イスラム経由のアレクサンドリア価格 1キンタール80ディーナール
   喜望峰経由のリスボン価格  1キンタールあたり20〜40ディーナール
ディーナールは3.5gのイスラムの金貨です。 
   産地のインドでは、金1g=胡椒4500g
   イスラム経由だと、金1g=胡椒160g、銀1g=胡椒13g
   喜望峰経由だと、金1g=胡椒320〜640g、銀1g=胡椒25〜50g
となります。
【出典】佐藤次高、『世界の歴史Gイスラーム世界の興隆』、中央公論社 など

● 近世イギリス
16世紀イギリスの6ペンス(半シリング)銀貨
25.8mm 2.6g

16世紀後半のエリザベスの時代、 
   胡椒 1ポンド(454g)あたり4シリング
   砂糖 1ポンドあたり20シリング
でした。 1シリングは6gの銀貨です。
   金1g=胡椒236g、銀1g=胡椒19g
となります。 砂糖の方がはるかに高価だったようです。
【出典】Fumita Ojima、 "Money in Shakespear"、東洋大学経営学部

● 長崎貿易
オランダの1グルデン銀貨
10.5g 32.2mm

1644年、清国のジャンク船54隻が長崎に入港しました。 多くの輸入品の中に、
   胡椒  5万斤輸入、100斤(60Kg)あたり20グルデン
   白砂糖 50万斤輸入、100斤あたり6グルデン
   黒砂糖 85万斤輸入、100斤あたり4グルデン
がありました。
   金1g=胡椒3600g、銀1g=胡椒300g
となります。 日本は生産地に近いことや、胡椒がさほど必需品ではなかったためか、ヨーロッパに比べるとずいぶん安価です。
【出典】村上直次郎訳、『長崎オランダ商館の日記』、岩波書店

● 西部開拓時代のアメリカ
アメリカの1ドル銀貨
26.8g 37.8mm

1864年、アメリカ東部から西部に移民するときの必要品の一部です。
   胡椒 3ポンド 0.5ドル
   塩 50ポンド 1ドル
   砂糖 200ポンド 25ドル
それぞれ、1ポンド(454g)あたり、17セント、2セント、12.5セントとなります。
当時の金貨銀貨から計算すると、(1ドル=金1.6g=銀27g)
   金1g=胡椒567g、銀1g=胡椒35g
となります。
【出典】"Campbell's Emigrant Guide"

● 現代日本
最近の東京のスーパーでは、
   100gの黒胡椒が370円
で販売されています。最近の金高騰で金1g=5000円、銀1g=90円(2013年2月現在)として計算すると、
   金1g=胡椒1350g、銀1g=胡椒24g
となります。
なお、砂糖は1Kgが300円くらいでした。


まとめると、
年代場所金1g=胡椒?g銀1g=胡椒?g(砂糖の値段)
1世紀ローマ帝国262g21g
13世紀フランスの食卓72g6g胡椒よりやや高価
15世紀初め産地の南インド6400g1280g
16世紀初め産地のインド価格4500g
イスラム経由アレクサンドリア価格160g13g
喜望峰経由リスボン価格320〜640g25〜50g
16世紀後半イギリス236g19g胡椒の5倍も高価
17世紀長崎貿易の輸入品3600g300g胡椒の4〜5分の1
19世紀西部開拓時代のアメリカ567g35g胡椒よりやや高価
現代東京のスーパー1350g24g胡椒の10分の1以下

となります。どの資料をみても、胡椒は巷間に言われているほど極端には高価ではなかったようにみえます。
どうも、”金や銀のように目方で買われている” ⇒ ”金や銀のように高価だ” ⇒ ”金や銀と同じ重さの価値がある” のように、いつの間にか言葉が変化していったのではないでしょうか。
また、胡椒より砂糖の方が高価だった時代もあったようで・・・・

2013.2.28   2015.12.27改訂