明治2年のエラー札

  
高遠藩発行信濃全国通用札
  
?藩発行信濃全国通用札

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No発行地領主表高幕末の信濃国内の実高
(総計78.6万石)
@伊那県幕領 13.8万石
旗本領 3.7万石
寺社領 1.4万石
陸奥白河藩領 1.4万石
A中野局
B塩尻局
C御影局
D中之条局
E飯田藩堀氏1.7万石2.2万石
F須坂藩堀氏1.0万石1.4万石
G飯山藩本多氏2.0万石3.5万石
H竜岡藩大給松平氏1.6万石1.2万石
I岩村田藩内藤氏1.5万石1.5万石
J小諸藩牧野氏1.5万石3.4万石
K松本藩戸田松平氏6.0万石14.9万石(預所を含む)
L上田藩藤井松平氏5.0万石5.9万石
M高島藩諏訪氏3.0万石4.6万石
N高遠藩内藤氏3.3万石3.5万石
O松代藩真田氏10.0万石14.3万石(預所を含む)
P尾張名古屋藩徳川氏61.95万石無高
Q越後椎名藩堀氏1.0万石0.4万石
R美濃高須藩松平氏3.0万石1.5万石
慶応4年(明治元年)8月、信濃にあった旧幕府領・旗本領・寺社領(右の地図の白色部分)を統治するため、伊那県とその下部機関中野局・塩尻局・御影局・中之条局が置かれました。
信濃はこの他に11の藩と、国外の3つの藩の領地が錯綜していました。

明治2年10月、伊那県が中心となって、これら19の組織が共同して信濃全国で一律に通用する紙幣を発行しました。
行政単位を超えての紙幣発行は、画期的なできごとでした。
発行したのは1200文、600文、100文の3種類で、すべて同じデザインです。
表面には、額面と下部に「信濃全国通用」。
裏面は白地で、上部に「○○○会計方之證印」、中央に「改」、下部に「藩県引替所印」の印が押されました。

上の画像の2枚の札はともに100文札。 お米1升が1000文の時代です。 現代人感覚では、200〜300円といったところでしょうか。
ところが、左側の札には「高遠藩会計方之證印」と「改」の印が押されていますが、右側の札にはそれらがありません。
ニセ札ではないと思います。 ニセ札なら、こんな単純ミスはしないはずです。
印を押すことがないまま、流通してしまったエラー札のようです。 19か所のうちのどこのお役人でしょうか、こんなミスをしたのは?。

その年の12月、明治政府が地方での通貨発行を禁止しましたで、この信濃全国通用札も発行を停止しました。 そして、翌明治3年7月に通用を停止しました。

  2014.7.29