日本1300年の値段史

  708年に和同開珎が発行されて1300年余になります。
  この1300年の間の、金、銀、銭、米、絹の価値の変遷を一覧してみました。
  かなりアバウトな数字ですが、おおよその傾向は感じられると思います。

世紀時代人口貨幣の種類金銀比価米1升絹1疋金1両大工日当備考
奈良600万人皇朝銭5〜61〜10文絁1疋=米1石10文  
  
平安10〜20文  
  
10  
  
11准絹1疋=米1石米2〜3石  
  
12700万人准絹1疋=米1斗米3〜4升 
  
13鎌倉渡来銭10文前後准絹1疋=米1升  
  
14室町1000万人  
  
15渡来銭と鐚銭銭2〜3貫文米2〜3石100文  
  
16  
戦国末期1100万人12〜13銭1〜2貫文米3〜5石100文、米1斗 
17江戸1800万人金銀銭の三貨10〜1210〜20文銭4貫文米1〜2石100〜200文  
  
183000万人20〜100文絹1疋は米1石
とほぼ等価
銭4〜6貫文米1石200〜300文  
  
19100〜200文銭6〜7貫文300〜500文  
幕末3500万人15〜161000文銭10貫文米0.4石1500文1868(慶応4年)
20戦前6900万人円・銭・厘5030銭50円 (純金16.5g)2.5円1935(昭和10年)
戦後9800万人60100円1.0万円 ( ↓ )800円1960(昭和35年)
21平成1.3億人70600円2万円(シルク10㎡)7.5万円 ( ↓ )1.9万円2015(平成27年)

注意
「金銀比価」
  重さ1の金と等価な銀の重さ。
「米1升」、「米1石」
  現在では、米1升は1.5キロ、1石は150キロですが、古代(10世紀ころまで)はこの4割くらいだった。
  米の値段、飢饉や戦乱のときは、この表の値段の数倍になることもあった。
「絹1疋」
  絁(あしぎぬ)は古代における絹の名称。 1疋はおよそ2尺×60尺で、10㎡くらい。
  中世の「准絹(じゅんけん)」は、仮想的な貨幣単位で、絹の実体ではない。 詳しくは、⇒「准絹法」 を参照。
  絹の値段は、産地や品質によって大きな差がある。
「金1両」
  本来1両は重さの単位でおよそ16.5グラム。 江戸初期までは金1両は16.5グラムの純金を意味していたが、元禄の改鋳以来減量され、幕末には1割近くにまで減量された。
「大工日当」
  平均的な庶民の1世帯1日の生活費がおよそこれくらい。

注意の注意
  金・銭・米の値段は、全体として整合性がとれていないところがあります。
  例えば、幕末 米1升=1000文(米1石=10貫文)、金1両=銭10貫文、金1両=米0.4石となっていますが、整合していません。 資料の価をできるだけ手直ししないとこのような数字になります。
  地域・時期の差もあるでしょうし、大量取引の卸値と少量の小売り値の違いも顕著だったためだと推測します。

詳しくは、江戸時代については、「江戸時代 値段史」を、明治以降については「明治〜平成 値段史」をご覧下さい。

2017.12.12 初版