昭和30年代

昭和30年代の家庭 (調布市郷土博物館にて)

  ● 少年の日の思い出
  昭和30年代初頭、小川にはめだかやふなが泳ぎ、夏には蛍がいっぱい飛びました。 竹のほうきで蛍を採り、蛍かごに入れました。 手に蛍特有の匂いがいっぱいしました。
  大きな川には、あゆが泳いでいました。 子供たちも、川で泳ぎました。

  メンコやラムネ玉が、遊び道具の中心でした。
  ”かくれんぼ”、”宝とり”、”チャンバラごっこ” などでも遊びました。
  少年の小遣いは、多くても月に10円でした。 遠足のときの小遣いは、最大20円との学校の決まりがありました。

  ● 昭和30年代という時代
世の中子供コイン物価消費者
物価指数
国家公務員の
初任給
昭和30年55年体制東映時代劇映画全盛
プラモデル
1円アルミ貨
50円白銅貨(穴なし)
卵1個14円17.28,700
昭和31年国連加盟
神武景気
鉄人28号パート1時間30〜35円17.38,700
昭和32年人工衛星切手収集ブーム
ラジオの赤銅鈴の助
5千円札(聖徳太子)
100円銀貨(鳳凰)
フランク永井「13800円」17.89,200
昭和33年新幹線こだま
東京タワー
フラフープ
神様仏様稲尾様
1万円札(聖徳太子)マッチ1箱3円17.79,200
昭和34年皇太子ご成婚
伊勢湾台風
少年サンデーと
少年マガジン
100円銀貨(稲)
50円白銅貨(穴あり)
銀座のおでん定食150円17.910,200
昭和35年安保闘争
消費ブーム
ダッコちゃん理髪160円18.611,800
昭和36年レジャーブーム
ウェストサイド物語
柏鵬時代
東洋の魔女
日雇労働者の賃金587円19.514,200
昭和37年キューバ危機テレビ普及率50%
おそ松くん
チ37号事件横川の釜めし120円20.915,700
昭和38年ケネディー暗殺巨人大鵬卵焼き千円札(伊藤博文)
1円玉不足
風呂代23円22.417,100
昭和39年東京オリンピックおばけのQ太郎
ひょっこりひょうたん島
オリンピック記念銀貨タクシー代
80円から100円に値上げ
23.319,100
昭和40年ベトナム北爆
ミニスカート
都バス20円24.821,600
平成12年 卵1個19円
パート1時間800〜1000円
理髪3612円
横川の釜めし900円
風呂代400円
タクシー代660円
都バス200円
100.0184,200
  昭和30年代、高度成長の時代です。
  経済は発展し、家庭は電化され、生活は豊かになりました。

  テレビ(白黒)、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれました。

  昭和34年、皇太子様のご結婚を機にテレビが普及しました。 14インチの白黒テレビは6万5千円で、公務員の初任給の6ケ月分もしました。
  (平成16年、14インチのカラーテレビで1万6千円、公務員の初任給の10分の1以下です。)


  この頃、どんな種類の電気器具を持っているかで、その家庭をレベル分けする人がいたそうです。
    ・ レベル7 電灯だけしかない。
    ・ レベル6 さらにラジオ、アイロンを持っている。 以下同様に、
    ・ レベル5 トースター、電熱器
    ・ レベル4 ミキサー、扇風機、電話
    ・ レベル3 電気洗濯機
    ・ レベル2 電気冷蔵庫
    ・ レベル1 テレビ、掃除機


  ● 100円札と100円硬貨
  100円銀貨が発行されたのは、昭和32年です。 しかし、100円札がなくなることはありませんでした。
  ちょっとした買い物のできる100円には、お札の方が威厳がありました。 一方都会では、ジュースや乗車券の自動販売機が普及し、地方では100円札、都会では100円銀貨という構図ができてしまいました。 地方出の大学生が夏休みが終わって上京したとき、財布にはまだ100円札が残っていました。 その100円札を使うとき、気恥ずかしい思いがしたものです。
  地方でも100円札が見かけなくなるには、10年以上もかかりました。


  ● チ37号事件
  昭和36年12月7日、日本銀行秋田支店で、へんな千円札が発見されました。 透かしがなく、紙質がすべすべして破れやすく、総裁印と局長印が不鮮明でした。 日本中を騒がせた「チ37号事件」の発生です。
  その年から翌年にかけて北日本を中心に100枚近く発見されました。 警察の発表により、犯人も透かしを入れたり、番号を変えたりするなど、より巧妙になりました。
  38年3月6日 静岡市の八百屋さんで、黒っぽいハンチングに眼鏡の男が、千円札で30円の干しシイタケを買いました。 受け取った八百屋さんが、どこかおかしいと感づき近くの交番に届け出ました。 実行犯が初めて人目に触れたのです。 警察は非常線を張りましたが、犯人の逮捕はできませんでした。
  38年11月1日、伊藤博文の千円札発行され、その年の12月5日に発見された343枚目のニセ札を最後に、それ以降は現れることはありませんでした。

  ● オリンピック記念銀貨
  昭和39年10月、東京オリンピックを記念して千円と百円銀貨が発行されました。 千円銀貨は、1世帯に1枚との目安で1500万枚発行されました。 明治以来の大型銀貨の発行とあって、交換日には銀行や郵便局に長蛇の列ができました。 機動隊が出動したところもありました。
  ● 昭和30年代の終わり
  10年間で物価は1.5倍になりましたが、給料は2.5倍になりました。 生活は”豊か”になりました。
  一方、小川はコンクリートで舗装され、めだかやふなや蛍の棲みかはなくなりました。
  大きな川は上流にダムができて水が濁り、あゆや子供たちは泳げなくなりました。

参考文献
 週刊朝日編、「戦後値段史年表」、朝日文庫、1995
 家庭総合研究会編、「昭和家庭史年表」、河出書房新社、1990
 岩崎爾郎、「物価の世相100年」、読売新聞社、1982
 市橋芳則、「キャラメルの値段」、河出書房新社、2002
 佐藤清彦、「贋金王」、青弓社、2000
 内閣府、「消費動向調査」
2004.12.05  2007.6.18改訂