日本のコインブーム

コイン収集という趣味は元禄の昔からあったそうですが、その頃は大名や商人などの富裕階級の遊びでした。
コイン収集が大衆化したのは、戦後です。 そのトリガー(契機)は3回ありました。
では、プレーボール!

● 1回表 グリコの景品  (昭和33年ころ)

  おまけで有名なグリコキャラメルには、5箱に1枚くらいの割合で当り券がはいっていました。 この当り券を10枚集めると、天保通宝、コインカタログ、コインストックブックなどと交換できました。
  小学生・中学生がこのころのコイン集めの主役です。 天保通宝は地方にもありましたが、カタログやストックブックは市販されておらず、少年たちの垂涎の的でした。
  少年たちは自分の家からコインを探し出し、友人たちと交換しあいました。 人気があったのは、寛永通宝、天保通宝、50銭銀貨、2銭銅貨などでした。 一分銀や和気清麻呂の十円札を持っている少年もいました。
  熱心なコレクターは、グリコのストックブックいっぱいに渡来銭を持っていました。
  景品の天保通宝は、当初は本物だったのですが、あまりの人気で入手が難しくなったのか、真鍮で作ったものになりました。 現在これは「グリコ天保」と通称されています。 良くできていますが、本物に比べ字画が太く、彫りが深いのが特徴です。
最近復活したグリコキャラメル
(当時のものはもっと細長く、薄かった)
景品の「世界コインカタログ」 景品の”グリコ天保”

● 1回裏

  少年たちは数年すると、就職したり受験勉強でコインどころではなくなりました。 中学卒の就職者は”金の卵”と呼ばれました。



● 2回表 東京オリンピック記念千円銀貨  (昭和39年)

  昭和39年10月、東京オリンピックを記念して千円と百円銀貨が発行されました。 千円銀貨は、1世帯に1枚との目安で1500万枚発行されました。 明治以来の大型銀貨の発行とあって、交換日には銀行や郵便局に長蛇の列ができました。 機動隊が出動したところもありました。
  このときの主役は普通の大人です。 
  発行当初は、2000円くらいで取引されていたこの千円銀貨ですが、45〜46年ごろから不気味に上昇し、48年春には22000円にまで上昇しました。

● 2回裏

  だんだん投機めあてのコイン市場になってゆきそうになりましたが、これに水をさしたのが「物品税」です。 昭和48年4月、17000円以上の貴金属には15%の物品税が必要になりました。
  コインの相場は急落しました。


● 3回表 御在位60年記念10万円金貨  (昭和61〜62年) 

  昭和61年(1986年)11月、昭和天皇のご在位60年を記念した10万円金貨と1万円銀貨が発行されることになりました。 戦後初めての金貨です。 折からバブルの上昇時です。 僅か1000万枚の発行は、投機の対象として十分でした。
  発売前の過熱ぶりに、政府はまず引換抽選券を配布し、当選した人だけが交換できるしくみにしました。 ところが、この引換抽選券の配布のときも長蛇の列ができました。 当選は10枚に1枚だったものですから、下一桁が0〜9の全揃いの10枚組抽選券は数万円で取引されました。
「金貨幣引替抽選券」 62年発行のプルーフ貨

● 3回裏

  10万円の金貨には4万円分の金しか含まれていませんでした。 不安は現実になりました。 
  3年余たった90年(平成2年)1月、大量の偽造金貨が発見されのです。 10万枚(100億円)以上もあったそうです。 イタリア、スイス、イギリスなどの諸国にまたがる事件でしたが、結局解決されませんでした。
  バブルがはじけたのは、その年の10月のことでした。



■ カタログ

  カタログは何時の時代もコレクターのバイブルです。 この半世紀間の代表的なカタログを紹介します。

万国貨幣研究会
「万国古銭型録」
昭和34年発行
頌文社
「貨幣手帳」
昭和42年発行
日本貨幣商協同組合
「日本貨幣カタログ」
平成12年発行



2003.4.12