明治維新の交換レート

  江戸時代に発行されたさまざまな貨幣は、明治になってどのような割合で新しい円・銭・厘の貨幣に交換されたのでしょうか。
  明治元年に丁銀・豆板銀が通用停止になったのを皮切りに、昭和28年に寛永通宝が通用停止になるまで交換が行われました。


(1) 金貨、および分朱単位の銀貨

  大判、小判などの金貨や、一分銀などの銀貨は、明治7年9月に円・銭との交換割合が定められ、一般の通用は禁止、新貨との交換が開始されました。
  新貨との交換は明治21年12月に終了し、さらに国庫に対する公納も明治32年8月に廃止され、この時点で貨幣としての役割は全く終了しました。

大判座発行の貨幣 交換レート 金・銀の含有量
慶 長 大 判1枚 = 74.7186円 金110.7g,銀45.6g
元 禄 大 判1枚 = 59.2710円 金85.7g,銀73.9g
享 保 大 判1枚 = 74.7186円 金111.8g,銀53.6g
天保吹増 大 判1枚 = 74.7186円 金111.5g,銀53.9g
新(万延)大 判1枚 = 28.2668円 金38.7g,銀71.8g

金座発行の貨幣 交換レート 金・銀の含有量(1両あたり)
慶長小判・一分金1両 = 10.0642円 金15.19g,銀2.54g
元禄小判・一分金・二朱金1両 = 6.8657円 金10.04g,銀7.77g
乾字(宝永)小判・一分金1両 = 5.1565円 金10.04g,銀1.55g
武蔵(正徳)小判・一分金1両 = 10.0642円 金15.19g,銀2.53g
享保小判・一分金1両 = 10.1166円 金15.31g,銀2.47g
元文小判・一分金1両 = 5.7589円 金8.49g,銀4.51g
文政小判・一分金1両 = 5.0292円 金7.31g,銀5.76g
文政二分金(真文)1両 = 5.0472円 金7.34g,銀5.70g
文政二分金(草文)1両 = 4.4454円 金6.43g,銀6.69g
文政一朱金1両 = 2.5616円 金2.74g,銀19.50g
天保五両判1枚 = 18.7044円
(1両 = 3.7409円)
金5.68g,銀1.07g
天保小判・一分金1両 = 4.3662円 金6.36g,銀4.84g
古(天保)二朱金1両 = 2.9160円 金3.86g,銀9.10g
安政小判・一分金1両 = 3.5051円 金5.11g,銀3.86g
安政二分金1両 = 1.9006円 金2.35g,銀8.89g
新(万延)小判・一分金1両 = 1.3043円 金1.89g,銀1.41g
万延二分金・二朱金1両 = 1.0864円 金1.37g,銀4.63g

銀座発行の貨幣 交換レート 銀の含有量(1両あたり)
古南鐐(安永・明和)二朱銀1両 = 3.2208円 銀79.73g
新南鐐(文政)二朱銀1両 = 2.3736円 銀58.91g
文政一朱銀1両 = 1.6560円 銀41.62g
古(天保)一分銀1両 = 1.3880円 銀34.44g
安政一分銀1両 = 1.2468円 銀30.14g
安政二朱銀(バカ二朱)1両 = 3.7208円 銀92.07g
嘉永一朱銀1両 = 1.1840円 銀29.27g

貨幣司発行の貨幣 交換レート 金・銀の含有量(1両あたり)
明治二分金万延二分金に同じ 金1.34g,銀4.66g
明治一分銀安政一分銀に同じ 銀27.95g
明治一朱銀嘉永一朱銀に同じ 銀26.47g




  天保小判は4円36銭6厘です。

  下は、交換されたお金です。
  (下の画像で、大きく「1円」などと書かれている面は、コインの裏側です。)

元文一分金
1円43銭9厘
文政南鐐二朱銀
29銭6厘
嘉永一朱銀
7銭4厘
安政一分銀
31銭2厘
万延二朱金
13銭6厘

  ( この交換レートの計算方法については、 『旧金銀貨幣価格比較表』をご覧ください。 )

  明治18年7月にこの表は改定されました。例えば、天保小判は4.3662円だったのが、4.394円になりました。平均では0.65%アップです。

(2) 銀目建の銀貨(丁銀、豆板銀)

  丁銀・豆板銀などの秤量貨幣は、既に、慶応4年(明治元年)5月に銀目廃止令で廃止され、他の金貨銀貨で交換されていましたので、直接円・銭との交換はありませんでした。
  丁銀・豆板銀の両との交換比率は、明治元年10月に定められました。 この「両」が後にそのまま「円」と等価だったと思われます。
  交換は明治7年9月に終了し、その後は貨幣としての機能を失い、単なる「地金」として取り扱われました。

丁銀、豆板銀1貫につき代金銀品位
慶 長 銀89両800
元 禄 銀71両3朱640
宝 永 銀55両500
永 字 銀44両1分400
三 ツ 宝 銀35両1分320
四 ツ 宝 銀23両3分2朱200
享 保 銀89両800
文字銀(元文銀)、明和五匁銀51両460
新 文 字 銀(文政銀)39両3分360
保 字 銀(天保銀)28両2分2朱261
政 字 銀(安政銀)12両3分3朱135

天保丁銀
154g
1.175両
(⇒1円17銭5厘)
元文豆板銀
4.8g
0.065両
(⇒6銭5厘)
安政豆板銀
10.3g
0.035両
(⇒3銭5厘)


(3) 銭(寛永通宝、文久永宝、天保通宝)

  江戸時代後期になると、銭は額面どうりではなく、相場ができてしまいました。 これを「増歩(ましぶ)」といいました。
  慶応元年(1865)ころでは、
     寛永通宝鉄一文=1文、銅一文(耳白銭まで)=6文、銅一文(それ以降)=4文、銅四文=12文、文久永宝=8文
  慶応3年(1867)ころでは、鉄銭がさらに下落し、
     寛永通宝鉄一文=1文、銅一文=10〜12文、銅四文=20〜24文、鉄四文=2文、文久永宝=15〜16文、天保通宝=80〜90文
  となっていました。
  寛永通宝、文久永宝、天保通宝の交換割合は、これらの当時の相場によって、明治4年12月に定められ、明治7年9月に最終的に布告されました。
  通用期限は、当初は明治8年末までとされていましたが、たびたび延長され、最終的には昭和28年末まで有効でした。(交換期限は翌年6月まで)

寛永通宝など交換レート通用期限
寛 永 通 宝 (銅一文) 1枚 = 1厘 昭和28年12月
寛 永 通 宝 (鉄一文) 16枚 = 1厘 明治30年9月
寛 永 通 宝 (銅四文) 1枚 = 2厘 昭和28年12月
寛 永 通 宝 (鉄四文) 8枚 = 1厘 明治30年9月
文 久 永 宝 (銅四文) 2枚 = 3厘 昭和28年12月
天 保 通 宝 (銅百文) 1枚 = 8厘 明治29年12月

次のどれもが、「1厘」です。

1厘銅貨 寛永通宝      鉄一文銭       銅四文銭    鉄四文銭         文久永宝 天保通宝
     銅一文銭       16枚        2分の1     8枚           3分の2 8分の1


(4) 藩 札

  幕末、日本には300近い藩がありましたが、その多くで藩独自の札(藩札)が発行されていました。
  明治5年4月、新紙幣(明治通宝札)が発行されると、新紙幣との交換を開始しました。 交換割合は藩の財政状態による当時の相場によって決められました。 下の表はその一部です。 仙台藩札・秋田藩札のように、他と比べて異常に低いものもあります(計算間違いではないようです)。 また、鹿児島藩・山口藩・高知藩のような明治政府の中核の藩でも、藩札の信用度は決して高くはなかったようです。
  新紙幣への交換は、明治12年7月に終了しました。

金 札
(1両あたり)
銀 札
(100匁あたり)
銭 札
(1貫文あたり)
弘 前 藩53.3銭53.3銭 
仙 台 藩天保札  5銭
安政札 20銭
  
秋 田 藩7.2銭 0.8銭
米 沢 藩 1円 8.0銭
館 林 藩 1円46銭8.0銭
富 山 藩98.0銭 8.1銭
金 沢 藩  5.0銭
福 井 藩 25.2銭8.3銭
大 垣 藩 1円40銭 
津 藩 1円60銭8.0銭
度 会 県 1円40銭 
彦 根 藩80.8銭77.0銭 
和 歌 山 藩 30.0銭8.0銭
尼 崎 藩1円 8.0銭
松 江 藩 50.0銭3.0銭
広 島 藩 36.0銭 
山 口(萩)藩 36.0銭 
徳 島 藩 80.0銭8.3銭
高 知 藩33.3銭 2.8銭
宇 和 島 藩 13.0銭 
平 戸 藩1円75.0銭8.3銭
佐 賀 藩1円1円33銭 
鹿 児 島 藩32.3銭33.2銭3.2銭

  ( もう少し詳しくは、 『新貨幣旧藩製造楮幣価格比較表』をご覧ください。 )



  左から

  高知藩金1分=8銭3厘
  徳島藩銀1匁=8厘
  鹿児島藩銭1貫文=3銭2厘

  右 明治通宝10銭

  (縮尺約60%)

新紙幣には低額面の紙幣がなく、藩札
に新額面の大蔵省印を押して、とりあえず
の通用に利用させました。徳島藩札には
「八厘大蔵省印」の印が押されています。



(5) 明治政府発行の紙幣

  明治政府発行の紙幣は、すべて1両=1円で交換されました。
  この紙幣の扱いでは、当時、泣いた人、喜んだ人、さまざまでした。 『太政官札物語』をご覧ください。

紙幣の種類 交換レート 備  考
太 政 官 札 1両 = 1円 金10両、5両、1両、1分、1朱の5種類
民 部 省 札 1両 = 1円 金2分、1分、2朱、1朱の4種類



  左 太政官札金1両  
  右 明治通宝1円

  (縮尺約60%)




略年表:
  慶応4年(明治元年)閏4月  貨幣司を設け、二分金、一分銀、一朱銀を鋳造。
   〃    5月  丁銀・豆板銀の通用停止、新金銀で買い上げると布告。
   〃    5月  太政官札を発行。
  明治 2年 2月  金座・銀座を廃止。
   〃    3月  新貨幣は円形とし、元(のち円)・銭・厘の単位を採用することに決定。
   〃    9月  低額の民部省札を発行。
   〃        この年の調査による貨幣流通高は、金貨8761万円、銀貨6827万円、銭貨603万円、藩札2464万円。
  明治 3年11月  1円銀貨の鋳造開始。
  明治 4年 5月  新貨条例布告。
   〃   12月  旧銅貨及び金札の価格を定める。
  明治 5年 4月  新紙幣(明治通宝札、ゲルマン札)発行。旧藩札との交換を開始(計5289万円?)。
   〃    9月  旧鉄銭の価位(新貨幣との交換割合)を改正。
  明治 7年 9月  旧貨幣の価格改正及び通用停止を布告。交換期限を明治8年12月限りとする。
           (後、たびたび延長され、明治12年には、「おって達しのあるまで」に延長)。
            ただし、丁銀・豆板銀のみは新通貨との交換・公納も認められず、地金扱いとなる。
  明治12年 7月  藩札の引替え終了。総額2291万円。
  明治18年 7月  旧金銀貨幣価格表改定。【例】天保小判1両=4.3662円⇒4.394円。平均0.65%アップ。
  明治21年12月  旧金貨銀貨の交換停止。ただし、公納時には使用可。
  明治29年12月  天保通宝交換停止(明治24年12月だったのがこの年まで延長)。
  明治30年 9月  鉄銭の通用を停止。
  明治32年 8月  旧金貨銀貨の公納を廃止、貨幣としての役割を終了。
  昭和28年12月末 円未満の貨幣の通用を停止。このとき寛永通宝は公式に貨幣としての役割を終了。


● 外国との為替レート 

  ⇒ この項は、「外国為替相場」に移動しました。


参考文献 :
  「造幣局百年史・資料編」、大蔵省印刷局、1974
  「日本貨幣カタログ」、日本貨幣商協同組合、2001
  滝沢武雄、「日本の貨幣の歴史」、吉川弘文館、1996
  日本銀行金融研究所、「貨幣博物館」、1991
  日本銀行金融研究所・貨幣博物館に展示されている資料
  土屋喬雄・山口和雄、「図録日本の貨幣」、東洋経済社、1973

2003.02.11  2005.5.22『新貨幣旧藩製造楮幣価格比較表』とのリンクを追加