『和同開珎』とその実力

  日本人です。 コインの散歩道は、和同開珎から出発しましょう。 和同開珎の歴史と実力を検証してみました。


●歴史1
  慶雲5年(708)1月、武蔵国秩父郡(現秩父市黒谷)で和銅(にぎあかがね)が発見されます。
  時あたかも、朝廷は大改革のさなか、701年に「大宝律令」を完成し、次の遷都(710平城遷都)の準備中でした。 大量の資金が必要です。
  貨幣発行も数年前から準備していたところにこの報告があり、政府はこれを大宣伝、年号まで「和銅」と改元してしまいます。
  5月にまず銀銭を発行、8月に銅銭を発行。手際がよすぎます。
●歴史2
  だいたい、米とか布を基準にしていた当時の経済。いきなり政府発行の名目貨幣が出てきてもなかなか受け入れられません。
  和銅4年(711)、あまりの不人気さを打開するため、「蓄銭叙位の令」なるものを布告。和同開珎1万枚で、官吏を昇格してあげますとのことです。 
  記録によると、100万枚以上納めて位を授かった人は19人が知られていますが、とてもこんなに・・・・。 この頃の政府発表はまゆつばです。

●蓄銭叙位令の例
  「続日本紀」によると、神護景雲元年(767)四月、伊勢国多気郡の外正七位下敢磯部忍国(あへのいそべのおしくに)さんが、銭百万、絹五百疋、稲一万束を献じて外正位下を授かりました。

●歴史3
  結局このころ、畿内とその周辺は貨幣として使われましたが、地方では富と権力を象徴する宝物としてしか使われなかったようです。
  ちなみに、このころの日本の人口は、560万人。
  天平宝字4年(760)、貨幣鋳造権を持っていた恵美押勝(藤原仲麻呂)は新たに「萬年通寶」を発行し、1枚で和同開珎10枚としました。和同開珎の発行は約50年で終わります。


和同開珎の「鋳銭司」(ちゅうせんし、じゅせんし、すぜんず、じゅぜんのつかさ)があったとされるところ。
現在も、山口市鋳銭司(すぜんじ)、京都府加茂町銭司(ぜず)の地名が残されています。

和同開珎の銭笵

●当時の物価1
  和銅4年(711)、政府は
    『 1文 = 穀6升 』
の公定価格を定めます。 穀(もみ米)は白米にすると、約半分の3升になります。 この公定価格は、その後の物価をみると、銭の価値を過大に設定しすぎています。
  【注】このころの1升は現在の4合です。

●当時の物価2
  天平元年(729)までの最大の権力者、長屋王家の物品購入伝票
   ・瓮(かめ)×7、奈閉(なべ)×8、油坏(あぶらつき)×143、合計158個で10文。
   ・飯用の笥(おけ)99個で99文。
   ・酒5斗(現在の2斗)で50文。
  さすが大貴族、買う量も多いです。

神亀6年(729) 重要文化財「小治田安万呂墓出土品」の中の古和銅銀銭
(東京国立博物館にて 2009.6)

●当時の物価3
  天平時代(750頃) 平成時代(2000頃) 和同開珎:平成の円
1升=15文1Kg=112円1 : 7
麻布1端=350文木綿1反=2500円1 : 7
経紙1張=2文写経用紙50枚=1430円1 : 14
みそ1升=6文1Kg=333円1 : 30
1升=5文10Kg=4934円1 : 55
1升=10文1.8l=2252円1 : 100
なす1升=1〜2文1Kg=612円1 : 100〜200
下級官僚の年収8貫文 ※1550万円1 : 700
職人さんの日当20文 ※2大工さん 18940円1 : 950
農地1町=10貫文 ※31坪=0.5〜1万円1 : 1500〜3000
  物価が比較的安定していた天平時代(740〜760ころ)の和同開珎の実力を、現代の円と比較してみました。

  単位の違いにはご注意ください。 古代の1升=後世の0.4升です。
  ※1 天平勝宝元年(749)、経巻の表装を仕事にしている能登臣忍人さんは、1年間で13800枚の表装を行い、6900文の収入でした(2枚で1文)。
     固定給ではなく歩合給でしたので、かなりの残業をしています。
     宝亀4年(772)、経巻の写経を仕事にしている工清成さんは、布施(給料)を、年間布21端5丈7尺5寸もらいました。
     これを現金にすると8941文になりました。
  ※2 天平宝字2年(758)、檜皮葺職人の1日の賃金は、功銭10文と米2升、塩2勺でした。合計すると20文くらいになります。
  ※3 天平20年(748)、東寺は伊賀の国で地2町+墾田7町余りを70貫文で購入しました。
     また、天平勝宝3年(751)、大和弘福寺は近江の国で墾田21町+野地3町を230貫文で購入しました。

  ものすごくアバウトにみると、和同開珎1文は、物で比較すると現代の10円、食べ物で比較すると100円、労賃で比較すると1000円くらい、というところでしょうか。

●当時の物価4
職 業 延べ人数 日当(文) 平均日当
子 供612444.0
少 年8074,4145.5
女性の人夫1539436.2
石工、瓦葺工、瓦焼工など13,640141,72010.4
通常の人夫19,506206,23110.6
丹波・伊賀のきこり22,749310,93713.7
画 師55019,67635.8
金工、仏工など1,49862,88242.0
合 計58,964747,04712.7
  天平宝字4年(760)に記録に残っている功賃を職業別に整理してみました。 集計の元になったデータ件数は76件で、特記ない限り都のあった大和での価と推定されます。
  食事付きかどうかは当時では大きな違いなのですが、その識別はできませんでした。
  (データは、「国立歴史民俗博物館データベース」を利用しました。)

●当時の物価5
品 物購入量単価(文)購入金額(文)
食    糧
白 米35斛(石)1114、1110、110038,820
黒米(玄米)3.5斛(石)9203,220
粳 米2斛(石)12302,460
小 麦1斛(石)10401,040
索 餅126藁 420
家 芋1斛(石)400400
干 栗9升13117
生 栗30升5、 6157
20.5升12、 11.3239
菹(ソ、つけもの)12斗40480
醤(ひしお)35升15、 10475
14升27378
大 根14把8、 7113
海 藻23連15345
末醤(こなみそ)20升8、 7150
干柿子40貫200
生古毛(?)50升4、 3196
根じゅんさい24把48
布乃利(ふのり)50升4、 3177
青 菜56斗14、 13731
山 蘭5把
用  具  類
経 紙2200張4,400
麻笥(はこ)4口2、 1876
竹 箒4隻
堝(つぼ)4口12
分凡(?)22口5、 7134
明 櫃2合15、 3045
箸 竹4束16
鎌 子4具70、 50260
料番鉄(?)3具2781
木 履4両1872
籮(ラ、米をとぐかご)1口
燃    料
胡麻油(照明用)43升1506,540
64荷15、 14925
100籠10、 9974
市よりの輸送費用
雇車の借賃8両50、 60410
擔夫の食事  203
合  計64,223文
  天平宝字6年(762)閏12月13〜19日に、東大寺が都の東市と西市で購入したものの一覧です。
  上の比較表より数年たったときで、既に新しい萬年通宝が発行されていますが、この価格は和同開珎での値段です。 数年の間に、物価は2倍近く上っているものがあります。
  また、この表から当時の食生活が感じられます。 食糧のうち、米・麦の値段が8割も占めています。 酒・魚がないのは、お寺のせいでしょうか。
  1石、1斗、1升は現在の4割くらいです。 当時の白米1石は、大人100日分の食糧です。
  

●現存数など
  和同開珎の発行枚数は、根拠の少ない推定ながら年産1万貫×50年とすると、50万貫(5億枚)。 当時の人口からすると、一人当たり100枚。
  和同開珎の記録のある出土数は全国で約5000枚。(下の地図参照)
  現存数は、推定で数万枚。
  

大正12年4月 琵琶湖沖ノ島出土
3.5g 24.8mm
平成16年9月 奈良市此瀬町出土
3.7g 24.0mm

参考文献:
 藤井一二、「和同開珎」、中公新書、1991
 滝沢武雄、「日本の貨幣の歴史」、吉川弘文館、1996
 東野治之、「貨幣の日本史」、朝日選書、1997
 田辺征夫、「平城京街とくらし」、東京堂出版、1997
 日本貨幣商協同組合、「日本の貨幣−収集の手引き−」、1998
 澤田吾一、「奈良朝時代民政経済の数的研究」、富山房、昭和2
 江草宣友ら編、「古代銭貨関係史料集(稿)」、書信館出版、2007

唐・開元通宝
和同開珎のお手本となった唐の開元通宝です。
「開」の字など、全く同じ書体です。


富本銭(2010.3 貨幣博物館にて)
1998年8月に明日香村飛鳥池遺跡で富本銭が560点以上発見され、新聞では、
   "最古の通貨は「富本銭」”  とか  ”「和同開珎説」覆る”
などと報じられましたが、古銭界では、貨幣ではなく「厭勝銭(えんしょうせん、ようしょうせん)」としてかたづけられたようです。理由は次の2点です。
 @圧倒的に現存数が少ない。出土地も全国でわずか12箇所で、そのうち10箇所は1枚の出土。
 A貨幣としての品(ひん)がない。


2001.7.29 / 2003.10.5 当時の物価5を追加 / 2004.9.25 当時の物価4を追加 / 2006.10.15 鋳銭司の地図 / 2007.3.11 出土枚数の地図 / 2011.11.14 和同開珎の銭笵 / 2012.2.5 出土枚数の地図、旧国別に改訂