1780年銘のマリア・テレジア銀貨

  マリア・テレジアといえば、有名なオーストリー・ハプスブルグ家の女王です。 彼女の在位は1740〜1780年でした。
  この女王の像を刻んだ銀貨が、不思議なことに、東アフリカとアラビア半島の一部で異常な人気を呼びました。 「人気」という言葉はふさわしくないかもしれませんが、その実質的な価値以上の価値をもって取引されたのです。
  エチオピアの西部にあるカファ地方は、コーヒーの語源にもなったところです。 コーヒーを買うためには、他のどんな貨幣でも受け入れられず、マリア・テレジアの銀貨だけが使われたのです。 何と200年近くもです。

マリア・テレジアの1ターレル銀貨
表:マリア・テレジア像
裏:楯紋章を胸に掲げた双頭の鷲
表から裏に続く銘文:M・THERESIA・D・G・R・IMP・HU・BO・REG・
ARCHID・AVST・DUX・BURG・CO・TYR・1780・X
(ローマ帝国の女帝にして、ハンガリー、ボヘミアの女王、オーストリーの女公、
ブルグント公、チロル伯たる神の恩寵によるマリア・テレジア)
28.0668g 41mm 品位833

  もともと、この銀貨はオスマントルコなどの東方(レヴァント)との貿易を目的に発行されたもので、「レヴァント・ターレル」と呼ばれていました。 しかし、これほどこの銀貨そのものに人気が集中するとは予想外のことでした。
  この現象はマリア・テレジアの在位中からみられたことですが、彼女の没後もこの銀貨以外は通用しないのです。 オーストリー政府は、彼女の没後も、最後の年「1780年銘のマリア・テレジア銀貨」を発行し続けました。

  なぜ?  かの大経済学者ケインズも悩んだそうです。
  品質が特に良かったのでしょうか?
  いいえ、この銀貨の製造と輸送にかかる費用は、1ポンド=14枚でした。 ところが、現地では、1ポンド=10〜13枚で取引されたのです。
  特定の民族の好みだったのでしょうか?
  いいえ、この地方の住人はキリスト教徒(正教)、イスラム教徒が中心でしたし、コーヒーの仲買商人は、インド人やユダヤ人でした。 特定の民族の嗜好とはいえません。 ましてイスラム教徒は偶像が大嫌いなはずです。
  他に代替品がなかったのでしょうか?
  いいえ、イタリア政府やイギリス政府は何度か自国の通貨を使用させようとしましたが、徒労に終わりました。

  黒田さんは、この現象を次のように説明しています。(文献@)
  貨幣は通常、面の中で使用されます。 しかしマリア・テレジア銀貨は、大きな流れの中で流れていたのです。 
  ヨーロッパで鋳造された銀貨がアデンに着くと、カファ地方のコーヒーと交換されます。 カファ地方から、税金としてアジスアベバに納められ、さらに穀物・綿製品を買うために東に流れ、再びアデンに戻ります。 カファ地方からはスーダンに北流する流れもありましたが、それも再びアデンに戻ります。
  この大きな流れは、まるで人の血液の流れに似ていました。 流れが止まることは、死を意味します。 途中で減少する血液を補充するには、同じ型の血液でなければなりません。 それがマリア・テレジアの銀貨でした。
  この大きな流れを黒田さんは、「(民族、宗教、行政、文化を)越境する回路」と呼んでいます。

  オーストリー政府は、第一次大戦敗北後の1935年、貨幣の鋳造権をイタリアに譲り渡しました。
  折から、イタリアのムッソリーニ政権が、エチオピア侵攻を企てていた頃です。
  この年から、イギリス、フランス、ベルギーもこの「1780年銘のマリア・テレジア銀貨」を発行しました。 フランスの言い分は振るっています。 
  「オーストリーが貨幣鋳造権を手放した以上、もはやこれは貨幣ではなく、単なるメダルである。どの国が発行しようと構わない」

  結局、「1780年銘のマリア・テレジア銀貨」は1965年ころまで、ロンドン、パリ、ローマ、ベニス、ブリュッセル、ボンベイ(英領インド)など各地で発行され続けました。 総発行枚数は、3億枚とも8億枚とも言われています。
  イエメンでは、1977年まで公式貨幣として認可されていたそうです。 その価格は当時の公式レートで約1万円でした。
  マリー・アントワネットをはじめ16人もの子宝に恵まれた女王の銀貨です。 今でも、安産のお守りとして使われているそうです。

  このころのヨーロッパの大型銀貨については、AKIさんの が詳しいです。

参考文献
  @黒田明伸、「貨幣システムの世界史.<非対称性>をよむ.第1章.越境する回路−紅海のマリア・テレジア銀貨」、岩波書店、2003
  A久光重平、「西洋貨幣史」、国書刊行会、1995
  B"STANDARD CATALOG OF WORLD COINS 19th Century",KRAUSE PUBLICATIONS,2001
  C平木悠支、「国際通貨・貿易銀の歴史」、『歴史読本.お金の百科事典』、1974
2003.9.2