大明宝鈔 〜 史上最大の紙幣

 ●史上最初の紙幣 〜 「交子」、「会子」、「交鈔」
  10世紀末の宋の時代、四川地方では鉄の貨幣が使われていましたが、重くて不便でした。
  そこで、成都の16人の富豪が相談して紙の手形を発行しました。これが「交子」と呼ばれるもので、世界最初の紙幣です。
  当初は信用もあり、非常に便利に使われました。
  ところが、取り付け騒ぎなどがあり、1024年、宋の政府は、民間での発行を禁止し、政府が発行することにしました。
  「交子」は、南宋になって「会子」と名を変え、金や元では、「交鈔」と名を変えました。
  元の世祖フビライ(在位1260〜94)は、1260年に「中統元宝交鈔」を発行し、本格的な紙幣中心の貨幣制度としました。
  元では、塩の生産を官有とし、塩の販売は紙幣に限定するという政策をとったため、かなり長く使われました。
  マルコポーロやイブン・バットゥータも、紙幣が盛んに使われていることに驚いています。

 ●史上最大の紙幣 〜 「大明宝鈔」
  元を滅ぼした明の太祖洪武帝(在位1368〜98)は、当初は「大中通宝」や「洪武通宝」などの銭を発行していましたが、その後貨幣をなくそうとしました。 極貧の少年時代をおくっただけに、貨幣にはいい思い出がなかったためかも知れません。
  しかし、大量の取引や、官僚・軍人への給料にはどうしても銭に代わるものが必要なため、1375年に紙幣を発行することにしました。 これが「大明宝鈔」です。

「大明宝鈔」 一貫 220×340mm (クリックすると拡大画像を表示)

  1貫文と300文の2種類の額面があり、1貫文のは 22×34 センチの大きさで、A4サイズより少し大きく、世界史上最大の紙幣です。
  桑の皮で作られた紙に、銅板印刷されています。 表には、「戸部 奏准印造 大明寶鈔與銅銭通行 使用偽造者斬告捕 者賞銀式百五拾両 仍給犯人財産」と書かれています。
  発行当初には、
    宝鈔1貫文 = 銀1両(37グラム) = 米1石(170リットル)
  の定めがありました。 宝鈔1貫文は、庶民の家族4、5日間の生活費程度でしょうか。

  さて、当初はそれなりに使われていた紙幣ですが、成祖永楽帝(在位1402〜24)のころから戦費捻出などのために乱発されるようになり、1410年代には、額面の8分の1に下落、さらに、1470年代には500分の1に下落、そしてついに、1490年代には使われなくなりました。

2007.7.22